以前にも「レコードは復活するか?」と題してこのメディア内で紹介しましたが、ここ数年でアナログレコードが再び盛り上がっています。さらにはアナログレコードどころか、若手のインディーズバンドが物販でカセットテープ版を販売し、売切れ続出しているという事実が僕の周りでもあるほど。
なぜこうしたアナログな物が改めて見直されているのでしょうか?
物質的価値にお金を払う
少し話は飛びますが、今年1月に絵本作家としても活躍しているキングコングの西野さんが自身の作品である『えんとつ町のプペル』をインターネット上に無料公開したことで話題になっていました。
これに関して「有名作品が無料化するとしわ寄せがある」など賛否両論でしたが、西野さんの言うところによると無料公開しているのは「情報」の部分であり、「物質」の部分は一切値下げしていないとのこと。「絵本」というフィジカルな物質は、変わらずに2,000円で販売されているのです。
「絵」「物語」という絵本の核とも言える情報だけを取り出して無料で公開。しかし、公開されているWebページを見ると、とても味気ないのです。僕が親だったら、正直知育としてこのWebページを読み聞かせるのは、なんかなぁーと思います。
しかし内容は面白いこともわかった。ならば、どうせ子供に読み聞かせるなら紙の本を買ってあげよう、という心理になることも理解できました。
このことから、絵本という「物質」から「情報」だけを抜き出してデジタルコンテンツとして変換したとしても、物質としての価値をリプレイスしきれないということがわかります。
これは小説や漫画のように「ストーリーを楽しむ」ためでなく、子供に見せて読み聞かせるという体験においてフィジカルな本であることが、絵本では価値になるからです。
ありとあらゆるコンテンツがデジタル化する中、このように置き換えの効かない価値が近年注目されつつあるように感じます。
絵本の「情報」と「物質」を切り離して無料と有料を出し分ける、フリーミアムモデルの一つの形として非常に面白い事例ではないでしょうか。
参考:声優・明坂聡美の危うさ。
参考:キングコング西野氏の炎上に思う。“物質的価値”の比重が高いほど、フリーミアムモデルは上手くいく。
レコードの物質的価値は相当高い
音楽ソフトの価値においては、情報と物質はもはや完全に切り離されています。音楽はCDからパソコンにコピーされるようになり、やがてインターネットを介した配信サービスがスタートしました。この時点で、音楽は情報の部分さえあれば十分満足できるという人が多くいるということが証明されたとも言えるでしょう。
CDが好き、CDを買うのが好きという人はもちろんいますが、それは趣味趣向やお店に行って購入するといった体験の面での価値であり、CD自体の機能として価値を発揮していません。音楽を再生する機能としての物質的価値ではなく、握手券といった別の体験を価値として付加することで、物販としてのCDの売り上げを支えているというケースもあります。
それに対してレコードは、音楽を再生するという機能面で物質的価値が高いアイテムと言えます。
現状、アナログレコードで再生される音質、質感というのは、デジタルコンテンツでは置き換えられません。レコードファンにとっては、アナログレコードで聴くこと自体に価値があり、デジタルではその機能は再現できません。盤面というフィジカルな物質なしでは体験できないのです。
盤の保存状態やプレイヤー、アンプの質にもよりますが、一般的にレコードの方が音が良いとも言われています。
アナログレコードを販売するマーケティング
昨年5月、世界的人気を誇るイギリスのバンドRadioheadが新譜をリリースしました。そのリリースは特に大々的な告知がないまま突如デジタルリリースを開始。Apple Musicなどのストリーミング配信サービスなどで、その日からフルで聴けるようになりました。
5月の下旬よりツアーが開始し、フィジカルなCDやレコードのリリースは6月からという順番。さらにはアナログ盤に32Pのブックレットなどがついたスペシャルエディションの予約を開始し、その発送が9月とアナウンスされました。
まずアルバムの楽曲たちには即時に便利にアクセスできるようになり、スピード感を持って拡がっていきます。YouTubeに公開されたMVも1日で数百万回も再生されました。現代の配信の仕組みを使って多くの人に拡げ、フィジカルのリリース前にツアーを回っても新曲にファンは熱狂しました。
デジタルリリースされた曲を聴いてみて「ここまで作り込まれた楽曲をアナログで聴いてみたい」という心理が生まれるファンもいます。(現に僕がそうでした。)
デジタルリリースは便利さの反面、圧縮ファイルでの配信となり音質は劣化しています。一般の人にはほとんど聴き分けられないレベルではありますが、アナログで聴く場合は質感も含め別物であり、レコードの物質的価値が色濃くなります。
このように、アルバムの情報の部分だけを安価で提供し、コアなファンはそれに後押しされて物質的価値の高いレコードを購入するというフリーミアムに近いモデルになっています。(実際のデジタルリリースはサブスクリプション型などであり、完全に無料で曲が聴けるのはYouTubeに公開されている範囲です。)
またスペシャルエディションの場合には、予約が確定した時点で非圧縮のデジタルファイルをダウンロードできるようになっています。これにより、レコードが届くまでの間の3ヶ月の不便さを埋めたのです。
アルバムの中身だけを聴きたいライトなリスナーにもレコードで聴きたいコアなファンにもそれぞれに適応した、非常にユーザーフレンドリーなマーケティングと言えます。
まとめ
さまざまなコンテンツがデジタル化する中で、アクセスのしやすさや拡がりやすさなど利便性もあいまって無料にするメリットは無視できません。一方で置き換えられない物質的価値も同時に見直されつつあります。
コンテンツの無料化には賛否両論あり、コンテンツ次第では課題も大きいです。同じ方法をとって誰もが成功するという訳ではありません。
大切なのはどこをフリーにしてどこで価値を出すかを見極め、最適な方法を導き出すことです。
これらをしっかりハンドリングした、幅広いユーザーそれぞれに価値を提供するフリーミアムモデルが今後のコンテンツ産業を発展に導く鍵かもしれません。
エモジマ
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