ユーザー「ボイス」に関する再考察

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弊社CSO田中正道の著書「ボイス ソーシャルの力で会社を変える」が上梓されてから3年半が過ぎようとしている。3年を超えるともなれば、社会情勢も大きく変わり、日常的に人々が使うツール等も変わってきている。顕著な例としては、動画コミュニケーションの一般化やLINEといったチャットツールの活用などが挙げられるのではないだろうか。
それでも尚、この書籍(以下本書と呼ぶ)に書かれた数々のノウハウや事例、示唆はまだまだ有効であり、寧ろ現在進行形にて浸透中と感じるところもあるため、手前味噌ながらその中でも重要なポイントであると考えられる点に関して改めて検証/紹介していきたい。

検証にあたって

ただ本書の内容を紹介するだけでは本当に手前味噌で終わってしまうし、面白味に欠ける。そこで、今回はGoogle先生とRadian先生※1の力を借りて、本書の主題でもある消費者の声を引用する他、権威者の声として誰もが知るHot Pepperの初代事業部長である平尾勇司氏※2の言葉も添えて検証したい。
GoogleとRadian6による情報検索※1 Radian6は過去データに遡っての調査が可能なため、Googleとは異なった角度から検索を行うといった使い方も可能だ。
※2 平尾氏とは以前、密に議論させていただいたこともあり、より真意を汲んだ言葉の抽出も可能な対象となり得るため、今回の権威者としてピックアップさせていただいた。

組織を取り巻く様々な壁について

本書に於いて語られているソーシャルリスニング活用の話は、一担当者だけの話ではなく、組織全体の改革にまで話が及んでいるところが読者層に響いていることがネット上の反応からもわかる。

日本において、現在の環境変化に対応した人事制度を導入できている企業がごくわずかです。さらに、組織の壁、企業間の壁など、アライアンスを阻害するさまざまなものが存在します。これらがイノベーション創出の大きな壁として立ちはだかり、日本の経済発展を遅らせています。
– 中略 –
一貫したソーシャル戦略を遂行することにより、企業の中に新たなカルチャーが生まれます。ボイスを聴き、商品開発、業務改善といった企業活動につなげる仕組みとその活動の永続的運用を支える社員のマインドセットです。
(ボイスより抜粋)

  • 長年内向きにあった分、すっかり高くなってしまった外部との壁。
    その壁を打ち破ることはちょっとそっとではできないだろうと思うが、現時点でおそらく最大の力を発揮するのが顧客の声=ボイスの力というわけなのだ。
    http://adrunner.blog38.fc2.com/blog-entry-1203.html
  • この本を読んでいると「会社のソーシャル化」は、ただ単に、ソーシャルメディアの波に乗って時代に乗り遅れないようにするだけでなく、会社自体のイノベーションにつながっていくものであることが理解できました。
    http://socialzine.jp/?p=2018

上記ボイスからの抜粋は2箇所、それぞれ異なる章から引っ張ってきているが、本書はこのような話の流れが実際の事例と共に随所に散りばめられており、それが読者の共感を得ているということが見て取れる。

一方で私がここで注目したいのは、本書がソーシャルのボイスを主題としながらも、それを一つのツールとして扱っている点だ。ユーザーボイスが生み出すものは社員のマインドセットであり、それは社員のエンゲージメントを高めるためのものとも言い換えられるものだ。

実は平尾氏が「Hot Pepperミラクル・ストーリー」の中で語っている組織論もこれと完全に一致する。
氏が語る組織の巨大化の弊害は、「権力の分化のための細分化」と「業務の専門化による細分化」にあり、それは「マーケットの要望ではなく、社内都合によるもの」であると語っている。それに対してHot Pepper事業部では、組織に縛られない非正規社員による事業組織を形成し、目標・目的の見える化を行ったわけだが、もちろんこれはドラスティックな事例である。その真意は共通認識を持つ距離感の近い集団を作ることにあり、エンゲージメントの高い組織づくりを行うことにある(実際、平尾氏はのちにエンゲージメントマネジメントを主軸としたコンサルティング会社を立ち上げている)。
方法論は違えど、本筋としては正に同義である。

本書に於いて述べられている特長的な点は、ユーザーボイスを用いることで、目を背けようにもそこに現前する事実をベースに、社員の意識を動かし共通の認識をもたらすことができるということだ。研修セミナーで偉い人の話を聞くでもなく、上層部が設定した数字の背景を深堀して理解するのでもなく、そのままビジネスにも直結する顧客の声こそが、社内エンゲージメントを高める最大の要因となり得るという示唆は、組閣の話として捉えてしまうと壮大で困難を伴う話に見えてしまう。しかしながら、これは言うなれば顧客の声を入口として変革をスタートさせることが可能であるというスモールスタートの示唆でもある。

インフルエンサーとの関係性について

ペニーオークション詐欺事件が起きたのが2012年末。食べログ事件にしても同年1月。執筆のタイミングからすると、同事件を受けてからでは間に合わないタイミングで、以下のことが語られている。

信頼が自分のステータスを支える重要な要素であることを理解しているインフルエンサーたちは、企業との金銭的関わり合いを避ける傾向にあります。企業が発信する声の影響力が失われつつある今、企業がインフルエンサーの力に頼らなければならないのは明白です。しかし、インフルエンサーの独立性を崩さずに、いかに彼らとの関係性を構築していくのかを考えなければなりません。
– 中略 –
直接的に助けられた人々の心をつかんだだけではなく、助けられた人々がソーシャルメディア上で発する感謝の声には高いインフルエンス力(影響力)があり、それを目にした第三者がその企業活動に好感を持つ可能性が高い。
(ボイスより抜粋)

  • 顧客(ユーザ)の声はどのように届くのか、どのように反応があるのかなどコミュニケーションデザインについて参考になる。
  • インフルエンサーのインセンティブ設計とかわかりやすくてためになると思いました。

http://bookmeter.com/b/4532317894

読者からも比較的シンプルに捉えられているこの部分に関しても、平尾氏の戦略と照らし合わせると面白い。
氏の事業におけるインフルエンサーは、端的に言うと顧客接点となる営業担当者だ。前述の通り、非正規社員で構成されたHot Pepperの組織においては、ポジションや給与は大きなインセンティブになり難い。そこで氏が重視したのは「貢献感」「適合感」「仲間意識」といったエンゲージメント要因だった。顧客ニーズの多様化を恐れず、その「多様化とは数字にしていくつか?」ということに対する解を用意し、グルーピングすることでニーズを集約化する。そしてそれを情熱をもって語ることで、各営業担当が通り一辺倒の営業ではなく、付加価値をもった「この人だからこそお願いしたい」という位置づけとなる関係性を構築し、顧客の喜びと営業パーソン本人の喜びを結びつける。こうした顧客接点の見直し(氏の言葉を借りれば「のめり込む」顧客接点)こそが売れるための戦略であった。

これは見方によっては本書で語られているインフルエンサーとの関係性と意を同じくするものであり、世間を騒がした所謂ステマ事件と軸を違えるところと言える。インフルエンサーとのリレーション構築に於いて重要なのは人としての結びつきをどのように設計するかということであり、金銭的な、ビジネス的な関係性であってはいけない。
平尾氏が営業パーソンという正にビジネス上の接点に於いて、当人と顧客双方の喜びに着目し、非ビジネスライクな顧客接点への見直しをかけたことが成功要因となったと語ることと重ね合わせると非常に類似点が多く、単純な関係性の例示というよりは、顧客エンゲージメントの向上が如何に重要であるかという現実が示されているということが分かる。

誠心誠意、真摯に向き合うことこそが重要

長くなったので最後にもう1点だけ、本書から引用したい。

エンゲージメントとは誠心誠意、消費者と向き合うことへのコミットメントです

マーケティングで、尚且つコンサルタントという立場になると、小手先のテクニックに関する知識も重要になってくる。実際、前稿においてそのような情報の提供もさせていただいたし、本稿に於いてもそこで紹介した「権威への服従原理」の活用として、平尾氏の言葉を用いさせていただいている。
しかしながら、重要なのは本当に伝えたいことは何かといった本質論の話であり、誠心誠意読者と向き合い、本音で語らないことには決して何も届かない。マーケティングテクニックは、それを届けるための補助的なツールに過ぎないのだ。

もし本稿を読んで興味を抱いた方がいれば、本書を一読いただきたい。
きっとそこには新たな気付きもあるのではないだろうか。

amazon:ボイス ソーシャルの力で会社を変える

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タナカさん

兵庫県出身。2003年東京外国語大学大学院修了(学術修士)。ウフル・マーケティングインテリジェンス本部(旧マーケティングクラウド本部)のたぶんちょっとエライ人(弊社CSOの田中正道とは別人)。 データドリブンなマーケティングに関して、その仕組みの設計からクリエイティブまで経験。趣味はバルトやデュルーズといった現代思想の研究から草の根音楽活動までと多岐に渡る。要するにオタク。
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